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カテゴリー: 起業

弁護士からBCGを経て、スタートアップへ。その先に見るもの [freee桑名直樹氏インタビュー]


 

freee桑名直樹

コンサルティングファーム卒業後、スタートアップに参画する選択肢が増えてきている。ボストン・コンサルティング・グループ(以下BCG)から、クラウド型の会計ソフトや人事労務ソフトを提供する「freee」(クリックで同社サイトにジャンプします)に移り、法務本部長兼事業開発部長となった桑名直樹氏もその1人。

 弁護士という専門性を活かしつつ、リーガルの枠を超えて、ダイナミックにビジネスに関わっていきたいと考え今の桑名氏。これまでのキャリアでは何を行い、どう考え、さらに今後どう考えているのか? 話を聞いた。

ビジネスによりダイナミックに携わりたいと弁護士からBCGへ

 桑名直樹氏は小学生の時に弁護士に興味を持ち、そのまま東大法学部、東大法科大学院と法曹の道へと進む。司法試験合格後、弁護士時代は企業法務を担当してきた。

 企業法務を担当する多くの弁護士がそうであるように、契約書、リーガルオピニオンの作成、訴訟対応などクライアントの裏方に徹してきた。ビジネスのリーガル的な側面に触れられ、弁護士の仕事は面白かった。

 ただビジネス全体を考えた時に、リーガル的な側面は、ビジネスのほんの一部であることも身をもって感じた。「もっと顧客に距離が近く、よりダイナミックにビジネスに携わっていきたい」との想いが芽生えてBCGへと転じた。

桑名直樹
プロフィール:桑名直樹氏。東京大学法学部卒業、東京大学法科大学院卒業、司法試験合格、弁護士に。法律事務所勤務を経てボストン コンサルティング グループ入社。金融、保険業界などを主に担当し、2017年にfreeeに参画。現在は法務本部長兼事業開発部長を務める。

リーガル的な側面はビジネスのほんの一部。弁護士からコンサルタントへの転身し、もっとダイナミックに。

 弁護士から戦略コンサルタントの転身とは実際どうなのだろう?

 桑名氏によると当時のボストン・コンサルティング・グループは300-400のコンサルタントがいたというが、その中で法曹資格を持ち、企業法務を弁護士事務所で経験したコンサルタントは複数名いたそうである。

 典型的な「キャリアチェンジ」であるものの、桑名氏は弁護士からコンサルタントへはすんなりと転身できたという。BCGでは金融、保険業界などを主に担当。これまでの経験も考慮されコンプライアンス、ガバナンス、レギュレーション関係を任されることも多かった。

 弁護士とコンサルの親和性について、桑名氏は以下のように語る。

 「弁護士とコンサルタント、どちらもロジカルな点は同じです。弁護士は文章作成能力が非常に高い。コンサルもその能力は必要とされ、いずれの職業も“誰が読んでも同じ意味に解釈される、正確で論理的な文章を作成する能力”が求められる。
BCGでもアソシエイトのうちはドキュメント作成の仕事は多く、とても役に立った。コンサルファームでは弁護士出身者はありがたがられるのではないでしょうか」

実行まで関われる、よりチャレンジングな仕事をしたい

 桑名氏はコンサルへの転職を「ビジネスの考え方を実践で身につける場」とも考えていたこともあり、BCG入社約2年で昇進したことを機に、ポストコンサルキャリアを意識するようになっていた。

 「コンサルは“実行”までは行わない。自分で何か形にできる事をしたいと考えるようになったのがきっかけです」

 意識したポストコンサルタントキャリアはPEファンド、スタートアップなど。面白い話があると聞くようにしていた。結論としてはfreeeを選ぶことになったのだが、桑名氏が考えたポストコンサルの選択の基準はどのようなものだろうか。

 「スタートアップはボラティリティはあるものの、多種多様な人材や業務と関われるおもしろそうな環境で働くことができる等、他とは違う経験ができる。freeeは日本では他の人はあまりやっていない先端のビジネスで、将来のスケール感もあっておもしろい分野だと感じた。すでに3人のBCG出身者がいたのだが、“来たければ来れば”という誘われ方をしたのも興味を引いた点です」

桑名直樹
インタビューに答える桑名氏

今は事業開発が業務の半分以上

 桑名氏は現在freeeで法務本部長兼事業開発部長を務める。

 参画当初は法務部門の立ち上げが中心で業務の8割を占めた。契約書など法務文書の電子化に取り組むなど、法務部門でのプロジェクトを進めた。

 一方、最近では事業開発部長を兼任。この辺り、全く違う職種の兼任はベンチャーらしい。事業開発部長の仕事では金融機関などとの提携戦略・実行の指揮を執っており、こちらが逆に業務時間の半分以上を占めるようになってきた。

 先日もクレジットカード会社と組んでオリジナルのクレジットカードを発行することを発表していたが、そういった提携のプロジェクトを手掛ける。今後も銀行・クレジットカード以外の業種との新種のサービスなども考えているという。

 サービス価値向上のための企画から実行完了まで全てをやっている。計画が完了したらfreeeの機能やサービスの付加価値が向上する仕事だ。

 昼間は事業開発、夕方からは法務の仕事をするようにしているため、マルチタスクで頭の切り替えが大変というものの、充実した日々を過ごす。

 業務はハードだが、社内外の多くの人と接することも多い。特に対人スキルの面でBCG時代の経験は、freeeに来てからも活かされている。

 「コンサル時代も含めて理論だけでは人間は動いてくれない。まずは相手に好かれるように努力をすべきで、事業会社においては、さらに気を配っている」と。
 
 どれだけ良い戦略を立案してもクライアントや第三者に動いてもらえないと成果には結びつかない。コンサルタントの多くが持つこの経験は、事業会社に行っても活かされているようだ。

スケールしきったら自分で会社をやるのもあり

 この先のキャリアをどう考えているのかを聞いてみた。

 「freeeを成長させることに全力を尽くします。それを前提にした話ですが、freeeが成長しきる未来が来てしまったら、自分で何か新しい会社を経営することもあるかもしれません。最近はそういうことも考えるようになってきました」

 弁護士の上に、戦略コンサルのキャリアを積み上げ、ベンチャーへ転職。その先には自ら事業を立ち上げたいという想いが桑名氏には沸き始めたようだ。

 大企業でさえも、法務部門がリードしてプロジェクトをやる企業は少ないというが、前述のとおり、freeeでは桑名氏が主導し「法務に関する文書を、全て電子化することに取り組む」という先進的な取り組みを始めている。契約書締結の確認から合意、電子認証、データ保管までの一連を電子化する。個人事業主との契約が多いfreeeにおいて、契約書の電子化は相当な業務効率化につながる。

 「クラウドの会社なのに、紙でやってるのおかしくない?」というCEOの意見から始まった試み。データでのやり取りが法律上の有効かなどの議論は、電子署名法などもあり、桑名氏の得意分野。

 法律関係の手続きには、このように若干ではあるものの電子化が進んでいる分野もあるにはある。ただし、桑名氏は、「M&A、破産の申し立てなど、もっと電子化されてもよい手続きはある」と言う。そのようなリーガルテックのサービスを企画し作り上げ、使う人をハッピーにするようなサービスを自ら立ち上げるような次のキャリアが描けたら良いと考える。税務・会計分野でfreeeが革新的であるように、弁護士分野でやってみたいと。

 自らの積み上げたキャリアを最大限に活かし、かつ、自分が興味のある分野にキャリアを進める。そんな桑名氏の今後の活動に期待したい。

2017年8月
コンサル業界ニュース
編集部による取材

投稿日: 2017年08月25日 | 投稿者: Consulting Industry News

BCG出身の上野山勝也氏が創業の「PKSHA Technology」が東証マザーズ上場承認


 

 ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)出身の上野山勝也氏(35)が創業した「株式会社PKSHA Technology」(パークシャ・テクノロジー)が18日、東京証券取引所から東証マザーズ市場への新規株式上場が承認されたと発表した。上場予定日は9月22日。

 パークシャ・テクノロジーは、2012年に設立された東京大学発のAI(人工知能)開発ベンチャー。機械学習技術・自然言語処理技術・深層学習技術を中心にアルゴリズムモジュールを開発し、ライセンス提供するなどしている。AIに関して最先端の技術とノウハウを持っており、日本におけるAI研究の第一人者、松尾豊・東京大学大学院特任准教授も技術顧問、株主として名を連ねる。

 上野山勝也氏の株式保有割合は44.58%。また、ベンチャーキャピタルでは唯一、ノーリツ鋼機の100%子会社であり、ノーリツ鋼機グループにおける新成長領域に関する調査・投資を行うNKリレーションズが12.45%を保有し、株主に名を連ねる。

 同社の平成28年9月期の売上高4億5966万円、経常利益1億5775万円、純利益1億1618万円となっている。

 また平成29年9月期の第3四半期までの累計売上は7億464万円、経常利益は3億6793万円と大幅に伸長している。

 上野山氏は東京大学大学院工学系研究科を卒業後、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の東京、ソウルでビジネスインテグレーション業務などに従事し、大手ネット企業グリーの米国オフィス立上げにも参画した。その後は母校・東大の松尾研究室に戻ってAI研究で博士号を取得し、パークシャ・テクノロジーを設立した。

パークシャ・テクノロジーの発表はコチラ

投稿日: 2017年08月19日 | 投稿者: Consulting Industry News

アクセンチュア・フロンティアマネジメントで10年のコンサル経験後 本の要約サービス「フライヤー」を立ち上げた大賀康史氏が語る起業からこれまで


 

株式会社フライヤー大賀康史

 アクセンチュアおよびフロンティア・マネジメントでの10年のコンサルタント経験を経て2013年に起業した大賀氏が代表取締役を務める株式会社フライヤー。同社が運営するflier(フライヤー)は「ビジネス書の要約サービス」を運営。

 flierはスキマ時間を活用して、厳選した話題のビジネス書・教養書がわずか10分で読める「時短読書」を提供。ビジネスパーソンに端的に情報をキャッチアップできる機会を提供することや、出版社に対して本の知名度を上げる手段を提供することを実現している。フライヤーの大賀氏はなぜこの事業を始めたのだろう。まずはその点を大賀氏に聞いてみることからインタビューはスタートした。

大賀氏の3つの行動の源泉「好奇心の充足」・「チームの一体感」・「社会的意義」

聞き手(コンサル業界ニュース):なぜ、フライヤーを起業し「本の要約サイトflier」をスタートするに至ったのですか?

フライヤー大賀康史氏(以下「大賀氏」):ビジネスアイデアはたくさんあっても、何を選んで起業するかは経営者のキャラクターによると思います。

 私の場合「知的好奇心が満たされること」「チームの一体感が感じられること」「社会的な意義のあること」の3つが満たされると何をやっていてもハッピーで、迷いなくやれることを自己認識していました。

流行ものを追いかけるより、人間の普遍的な欲求を満たすサービス

聞き手:社会的な意義があることも重要視されているようですが、フライヤーにはどのような社会的意義があるのでしょうか?

大賀氏:本は作るのに1年、ものによって10年はかかります。それだけ時間をかけて編集された「考え抜かれた情報」を多くの人に届けることには大きな意義があると考えています。経済学者のシュンペーターが言われたように、イノベーションは既存の知識の組み合わせで起こりますので、その源泉に成り得る知識のストックを提供するのです。これは日本、ひいては世界にとっても意義のあることだと思います。

 また、会社は長く続く必要がありますが、そのためには人間が本来持っている欲求を一つでも多く満たすことができるサービスを作ることが必要だと考えています。そうすれば、すぐに飽きられるものではありません。flierのサービスは元来人間が持つ「知識を得たい」という欲求や「創造性を発揮したい」という欲求を満たすことができると考えています。人間が本来持っている欲求を満たすサービスは、社会的意義を満たすものだと思います。

フロンティア・マネジメントで企業や人の人生、地域をも左右するようなプロジェクトを経験

聞き手:コンサルタントとしてはどのような活動をしていたのですか?

大賀氏:コンサルタント時代も先に挙げた三つの軸は満たされていたし、コンサルティング会社でも大きな仕事で社会的な意義を感じることはできると思います。

 アクセンチュアでは最初の3年はプログラミング、あとの4年は戦略コンサルタントとしてマネジメントを学ぶことができました。順調な大手企業において、事業を更に伸ばしていく案件が多かったです。

 ただ、同じ労力を使うなら、切実にコンサルタントを必要としている人を助けたいと思うようになりました。せっかく一度の人生を生きるなら死ぬ時に自分の人生に意味があったと思える過ごし方をしたいと考えました。そこで、中規模企業の企業再生を手掛けるフロンティア・マネジメントに転職しました。

 フロンティア・マネジメントでは、様々な案件があるのですが、中には下手をすると資金がショートするような危機に瀕している会社がクライアントになることもありました。再生できる戦略を短期間に立てる必要があって、その会社で働いている人の家族、地域経済、経営者自身の今後がかかっていますので、本当の意味でプロフェッショナリズムが求められるやりがいのあるプロジェクトが多かったです。

 案件の成否によっては色々な人の生活が変わっていくものもありました。企業再生案件はその会社にとって1回あるかどうか。社長がプロジェクトリーダーを務め、エース級の社員がアサインされます。全社の戦略、金融機関との交渉などトップマネジメント層の仕事ができて、社会的な使命感を感じられ、自分はこの仕事をずっとやり続けると思っていました。

インタビューに答えるフライヤー大賀康史
プロフィール:大賀康史氏 早稲田大学大学院理工学研究科卒、アクセンチュアで7年、フロンティア・マネジメントで3年それぞれコンサルタントとして過ごした。2013年6月にフライヤーを創業し現在に至る。2016年11月にメディアドゥの完全子会社となり、グローバル展開も目指している。

フワフワとした気持ちでやる仕事ではない

聞き手:社会的意義のあるコンサルタントとしてフロンティア・マネジメントで充実した仕事を行っていたと思うのですが、なぜ起業をしたのですか?

大賀氏:両親もサラリーマンであり、もともとアントレプレナーになろうと思ったことはその瞬間まで一回もありませんでした。フロンティア・マネジメント時代に家電量販店へ出向し、経営企画部のマネージャーとして、日常的に社長と接する経験がありました。実際近くで接してみると、人情があり、クレバーで、厳しい。そして、逆風の中、閉店や、M&Aなどの大変なこともこなし、尊敬できる方でした。それはこれまで思い描いていた社長像と違っていました。この経験から、社長業が素晴らしい仕事だと感じ始めました。

 そんな自らの変化もある中、フロンティア・マネジメントで本が好きな同僚が集まって色々とビジネスアイデアを話すことがあったのですが、「一冊10分くらいで内容が把握できて、知的好奇心が満たされるサービスがあったらこんなに素晴らしいことはない」という話が持ち上がりました。

 しっかりとした感性を持った方が本の内容をまとめて、それがいい本だと思えばみんなが買う。ビジネスパーソンに役に立つ情報を提供できるし、自分たちにとっても欲しいと思える今のflierの初期構想でした。

本の要約サイト フライヤー特徴
本の要約サイトflierの特徴(https://www.flierinc.com/より引用)

 そして一度起業アイデアを思いついてしまうと、仕事が手につかなくなってしまったのです。コンサルタントにはプロフェッショナルとして100%以上の集中力が求められるので、そんなフワフワとした状態でやる仕事ではない、と考えて起業しました。

 その時は起業してダメだったら1年で辞める、と自分で線を引いて始めてみました。コンサルタントは手に職がついているので、一生仕事にあぶれることはないとも言えます。だから、事業の推移によってはコンサルタントに戻るという選択肢を取る可能性もあったと思います。不退転の決意というカッコいいものではありませんでした。

起業が目標ならコンサルタント経由よりも先に起業したほうが良い

聞き手:コンサルタント経験は起業にどのように役に立ちますか?

大賀氏:コンサルタントを経験し経営指標を読めることは意味があるし、コンサルティングで学んだことも役にも立ちます。ただ、コンサルタントが起業への最短ルートなのか、私にはわかりません。

 起業をしてからでも成長はできます。起業をしてからの経営者間のネットワークや、起業後の自分の体験から学ぶことも多い。その分、先に起業するほうが最短かもしれません。

 ただ、コンサルタントとして全力で仕事をして、その先に起業があるならそれでもいいと思いますが、起業する準備として何かをするのはお勧めしません。コンサルタントとしてのビジネス経験や人脈も役に立つと思いますが、ゴールが起業ならば、そこを通過する必要はないと思います。

トップマネジメントに必要なスキルはコンサルタントでは学びにくい

聞き手:経営者になってみてコンサルタントとの違いは何だと思いますか?

大賀氏:コンサルタントは軍師。軍師にとって必要なことは策を練ること、組織のアレンジ、キーマンのモチベートだと思います。一方、起業家はトップマネジメント。やるべきことは、会社としての価値感やマインドセット、理念の設定。そして、それに従いどういうメンバーを集めるかという意思決定、トップとしてのコミットメント、事業に対しての熱量、従業員に対しての愛情、人間性、そういうことが大事です。

 事業モデルを考えることは、優秀な参謀と協力する、という選択肢もあります。しかし、CEOであればCEOとしての役割をしっかりやらなくてはいけません。ただ、コンサルタントとしてはトップマネジメントのスキルは学びにくい面があると思います。

本に対する想いや理念で共感してメディアドゥ傘下に

聞き手:メディアドゥ傘下に入った理由はなぜですか?

インタビューに答える大賀康史
メディアドゥ傘下に入ったことについて話す大賀氏

大賀氏:元々はメディアドゥと事業提携の話をしていました。メディアドゥの経営陣の方々と話をするうちに本に対する想い、事業への想い、出版業界への想いなど共感することが多く、メデイアドゥ傘下に入ることを決めました。

聞き手:決断に迷いはありましたか?

大賀氏:会社自体の資本を変えることは大きな変化ですが、会社としてどちらが正しい道かとシンプルに考えればそんなに難しい決断ではなかったです。ベンチャー企業には成長を早めることが宿命づけられているので、そのためには良い縁だと思いました。

聞き手:メディアドゥ傘下に入って成長のスピードは上がりましたか?

大賀氏:想定通り成長スピードが上がってきています。メディアドゥと一体になって、色々な案件を仕込んでいます。平行で10本ぐらい走っており、一つ一つ成果も上がり始めています。

 人の繋がりや信頼がビジネスを動かしているのだとつくづく思います。何もない中で起業した自分には足りない部分が多くありました。メディアドゥの歴史の中から紹介される様々な案件があるし、自分たちだけでは出られないイベントに参加することもできる。

 メディアドゥの傘下に入ったおかげで、間違いなく、成長スピードは上がっていると思います。

2017年8月
コンサル業界ニュース
編集部による取材

投稿日: 2017年08月18日 | 投稿者: Consulting Industry News

【コンサルからの起業家INTERVIEW】リンカーズ 代表取締役社長前田佳宏氏


 

コンサル時代に考えた製造業の課題を解決するため今もこれからも進化し続けるリンカーズ

 日本企業の技術力は高いが、最適なビジネスパートナーと出逢えずにサービスを世に出せない事も多い。その「日本のものづくり」の課題を最適化したいと考えて「Linkers」(リンカーズ)を立ち上げたのが、野村総合研究所で元コンサルタントだった前田佳宏氏だ。
コンサルタント時代になぜ起業への強い想いを抱くようになったのか?また今後目指すのはどんな世界観か?話を聞いた。

野村総研時代に感じた「産業変革に直結したい」という想いを元に起業

 前田氏は大阪大学工学部を卒業し、創業者・稲盛和夫氏の経営哲学に憧れ、京セラに入社。海外での電子部品の営業などを経験。「レッドオーシャンではなく、産業変革に貢献する仕事がしたい」と感じ、コンサルタントへキャリアチェンジした。

 野村総合研究所では、企業の事業戦略やM&Aを担当し、充実したコンサルタントとしての生活を送っていた。そんな時に担当した太陽光発電の買収事業での「気づき 」がリンカーズ創業へとつながる。

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プロフィール:リンカーズ株式会社 代表取締役社長 前田佳宏氏。大阪大学工学部卒業、京セラでは海外営業に従事、野村総合研究所コンサルティング事業本部では製造業を中心に、営業・マーケティング戦略立案、事業戦略立案、欧米・アジア企業のM&A戦略立案・実行支援など数多くのプロジェクトに参画。Distty株式会社(現リンカーズ株式会社)設立し。日経BP主催第14回日本イノベーター大賞優秀賞、事業構想大学院大学主催第1回ニッポン事業構想大賞をそれぞれ受賞。

 その気づきとは欧米と比べると日本の太陽光パネルメーカーは収益率が低いということだった。

 理由は、産業構造全体の中でそれぞれの企業が分断され情報が遮断されているからだ。一方、欧米なら資本や人的な交流が盛んで、業界全体につながりがあるために利益が上がる構造にどんどん進化していく。こういった状況を見たことをきっかけに前田氏はこの課題が製造業全体にあることに気づく。

「これは太陽光発電だけに限らず日本の産業全体に言えること。プロフィットプールが健全ではなく、もっと賢く収益が上がるようにした方がいいと考えました。でも、コンサルタントでは実行まではできませんから」と話す。

コンサルタント時代に感じた課題を元に、気持ちは起業へと傾いていった。

企業が必要とする技術パートナーのマッチングを行うリンカーズ

 現在リンカーズのメインサービスは企業間の技術パートナーのマッチングを行うサービス「Linkers」だ。

事業パートナーが見つからないために、製品化できないサービスは日本では数多いが、リンカーズのサービスを使うと、その相手探しが比較的簡単にできる。

 具体的には、技術を探す大手企業などが顧客となり、優れた技術を持つ日本全国の中小企業の情報を、中小企業の技術に精通した2000人以上のコーディネーター、500以上の支援機関が探索してマッチングしていく。

顧客はリンカーズを通じて、専門家のネットワークをフルに使えることに加えて、登録する中小企業は競合企業に技術を盗まれるという心配もない。

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全国2000人以上の技術コーディネーターのネットワークの力で、企業のニーズを満たすための技術を探すリンカーズのサービス(概念図)

日本企業はパートナー企業探しに時間が掛かりすぎている

 今でこそ多くの企業やメディアからも注目されるサービスとなったが、実はこれまで失敗の連続だった。

 そもそも創業時のリンカーズは、現在とは大きく異なっていた。

 創業当初、前田氏は300に及ぶ製品のバリューチェーン(原材料の調達からサービス提供までの一連の流れ)を細かく見える化し、その各プロセスにメーカーがノウハウや意見を書き込み、マッチングができるSNSのような形のサービスを作ることを計画し、リンカーズを2012年に創業した。

 解決しようとした課題は、当時も現在も変わらない。日本企業のパートナー探しは1年以上掛かることも珍しくはない。それは他社の情報を持っていないからでもある。そこを「バリューチェーンの見える化」を実現することで、時間が掛かりすぎていた問題点を解決しようと考えていた。

 当初のビジネスモデルは広告料、データ解析などを想定。基本的にはアクセスが増えるほど、マネタイズが可能となるものを考えていた。

 しかし結果として、せっかく見える化したバリューチェーンへの書き込みや反響はまったくと言っていいほどなく、存続できずに、3カ月で断念した。

出直して東北企業600社を回ることに。その結果のeEXPOの誕生。

 ここで諦めなかったことが成功に繋がる。前田氏は「この時作ったバリューチェーンを使わない手はないと思ったので、情報を掲載してもらおうと、(東日本大震災後の)復興支援のために600社以上の東北企業を回りました」と。

 前述のSNSの形を発展させ、東北経済連合会とも協力しウェブ上の技術展示場「eEXPO」として出直した。立ち止まることはなかった。

 SNSで反響を待つことから、積極的に情報を集めに転じたのだった。

技術コーディネーターとのネットワークの重要性への気づきを元に

 eEXPOへの出店依頼のために、1日に4社以上を訪問していくが、簡単に出店登録はしてくれない。

 最大のネックは中小企業が競合企業に技術を取られることを恐れて情報を開示してくれないからだった。中小企業にとっては死活問題だけに、厳しく叱責を受けることも多々あった。

 前田氏は「ある日、中小企業の社長さんに2時間くらい説教も受けました。1日早朝から夜遅くまで4社訪問して、夜中はずっと作業をする毎日で…。でも、もうどうにもならなくて、夜中に泣き出してしまったこともありました」と当時を振り返った。

 しかし、根気強く企業を回り続けると、現在の成功に繋がるきっかけをつかむこととなった。

 それが、現在のリンカーズの形の基礎となる、「技術コーディネーター」の存在の気づきだ。

「この分野でのビジネスマッチングは、ITだけでは難しく、考え方が甘かったと思います。でもやっていくうちに、技術を持ったメーカーに精通する技術コーディネーターという存在に気がついた。その方々の方が情報を持っていることに気付いたのです 。ITによる効率化も大切ですが、人を軸にやっていくように考え方を変えました」と前田氏。

 こうして現在のリンカーズの形はある。

 技術は完全に見える化ではなくセミクローズドにして、技術コーディネーターの人力も有効に使うスタイルに代わっており、収益モデルもシステム利用料、探索料となっている。

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インタビューに答えるリンカーズ代表取締役社長前田佳宏氏

「次世代リンカーズ」はAIによるマッチングに進化

 今の形にも手ごたえを感じているが、手ごたえを感じているからこそ、リンカーズにはまだまだ可能性があると前田氏は考える。

 現在は「セミクローズド+人力」の形態だが、将来的には、無数に散らばる技術情報や人手による情報のやり取りをAIがマッチングしていくようなイメージを構想している。

「技術などを探索して、質問が交わされると、そこで勝手にスキルマップが出来上って、それをAIが照らし合わせマッチングするようになるような形を目指しています」

 前田氏はリンカーズを「次世代商社」だとも考えており、当初掲げた「イノベーションが頻発する別次元の産業構造を作る」というビジョンの実現は確実に近づいているようだ。「AIを使っても、ビジョンは変わりません」とも語る。

コンサルから得たスキルとプロフェッショナルマインド+稲盛哲学から学んだ「事業家マインド」

 誰もが「思いついたビジネスモデルがうまくいく」と考え起業をする。しかし、当初描いていたビジネスモデルがトントン拍子で上手くいく起業家は多くはない。

 実行して仮説が壊れた時、その仮説を修正し、次の一歩を又踏み出せるか?言い換えるとPD(Plan Do)のあとのCA(Check Action)まで回すことをやり抜けるか?になるが、これは言うほど簡単ではない。

 「技術の見える化」は、中小企業にとっては、競合に情報を取られるために想像以上にハードルは高かった。トライしてみて上手くいかないとなった時に形を変え成功の道筋が見えた前田氏。苦境を乗り越えることができた理由は2つある。

 一つがコンサル時代の経験だ。「コンサル時代の経験、スキル、モチベーション、マインドがないと、ここまで来ることは難しかったと思います」と前田氏は話す。

 そして、もう一つが新卒から6年半勤務した京セラ、稲盛氏から受け継いだ哲学が支えてくれたことだった。「仕事はできるまでやり抜く、成功するまで最低でも5年、10年はやる、それが当たり前だと割り切っています」。稲盛氏が説く、仕事の成果とは「考え方」と「熱意」と「能力」で決まる。

 前田氏は、コンサル時代に得たスキルに稲盛氏の哲学が合わさった事が成功の決め手となっているのではないだろうか。一般的にコンサルタントを長く勤めれば「プロフェッショナルマインド」は植え付けられるだろうが、「事業家としてのマインド」が植えつけられるかというとそうでもないかもしれない。

 コンサルが起業することにおいて、どこかから事業家マインドを学ぶと成功の確率が高くなるのではないか?とインタビューで感じた。前田氏においては、その「事業家マインド」を稲盛哲学から学び取ったというのは言うまでもない。
 
  
 

2017年7月25日
Interview by コンサル業界ニュース

投稿日: 2017年08月02日 | 投稿者: Consulting Industry News

マッキンゼー出身の木南陽介氏が創業したレノバが東証マザーズ上場へ


 

1月20日、マッキンゼー出身の起業家 木南陽介氏が2000年に設立した株式会社レノバが東京証券取引所マザーズ市場への新規上場を承認された。上場日は2月23日(木)を予定している。

株式会社レノバは2005年に株式会社リサイクルワンとして設立され、環境・エネルギー分野での調査・コンサルティング事業を行ってきた。

その後2012年に再生可能エネルギー事業に参入。4社の太陽光発電事業を手掛ける連結子会社を設立。

2013年には社名を現在の株式会社レノバに変更し、その後も太陽光発電を手掛ける匿名組合を複数運営、「グリーンかつ自立可能なエネルギー・システムを構築し枢要な社会的課題を解決する」という「ミッション/経営理念」を掲げ、太陽光、風力、地熱、山林といった地域に根差した再生可能エネルギー資源による発電事業行っている。2016年5月期の連結売上高は8,556百万円、従業員数は170名となっている。

木南陽介氏は1974年生まれ。1998年マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。2000年5月株式会社リサイクルワン(現:株式会社レノバ)を設立、代表取締役に就任。

また役員陣にもコンサルファーム出身者が多く、創業者で取締役執行役員CPOの辻本大輔氏もマッキンゼー出身。2014年にレノバに参画した執行役員で風力事業開発室長兼社長室長の今岡朋史氏は2002年から2014年までA.T.カーニーで勤めた過去を持つ。

詳細については、東京証券取引所の新規上場会社情報の下記ページをご覧ください。
http://www.jpx.co.jp/listing/stocks/new/index.html

投稿日: 2017年01月20日 | 投稿者: Consulting Industry News



フライヤー大賀康史氏インタビュー


リンカーズ前田佳宏氏インタビュー


CrowdRealty山田恭平氏インタビュー


プロレド・パートナーズインタビュー


ClipLineインタビュー


Vision Forestインタビュー


東京Vとの資本業務提携インタビュー


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